— アーティストスポットライト Q&A— Ken Ishii

Author : Lee Trotter
December 01, 2015

— アーティストスポットライト Q&A— Ken Ishii

KI2

(English Interview Here)

6AM: 待ちに待ったLA訪問!最後にLAに行かれたのは何年くらい前ですか?その時おん思い出などありますか?

Ken IshiiKen Ishii:  LAに行くのは、僕もとても楽しみにしています!2009年、スタイプルセンターでの、UFC104(Machilda vs Shogun) を見に行ったのが最後だね 笑。実はMMAの大ファンなんです。

話を戻して、最後にLAでギグをしたのは10年前、アバロンだったかな?ハッキリ覚えてないけど、大きいクラブだったよ。LAでのデビューは97年、チャイニーズシアター近くのアンダーグラウンドのクラブで、DJ Bone’sのパーティだったんだ。LAはとてもリラックスした雰囲気で、ビーチとビールが最好な街だよね!

6AM: 日本からの渡米の際、心掛けていることはありますか?

Ken Ishii: 時差ぼけ対策かな。飛行機へ登場前に寝ないこと。フライト中に睡眠を取るようにして、現地に着いたら暗くなるまで寝るの我慢!で、美味しいビールをたらふく飲んで寝る!

6AM: 長期の旅行の際、いつも聴いている曲やお気に入りのアルバムなどはありますか?

Ken Ishii: つまらない答えになっちゃうかもしれないけど…だいたいい新着をダウンロードしたものを聴いていて、それに飽きたらインフライトオオーディオに切り替えてるんだよね。でも、この間ANAのジャズチャンネルで流れていたMiles Davisの”Ascenseur Pour L’echafaud” がとても良かったよ。

6AM: この20年で培われてきた様々なエレクトロニックミュージックシーンでの経験、活躍をされているKenさんから見て、今のヨーロッパ、アジア(特に日本)でのハウス・テクノミュージックシーンにおいての共通点や違いは何だと思いますか?また、そこには成長や改善の余地はあると思われますか?

Ken Ishii: 日本では90年代中盤頃から、ハウス・テクノミュージックが広く知られるようになってから、日本各地で大小様々なパーティーが存在しています。特に東京、大阪、福岡、愛知県の名古屋市は アツいですね。ただ、最近はEDMミュージック系の大規模なフェスやクラブでのイベントの浸透で、僕達の音楽はアンダーグラウンド寄りに見られるようになってきています。

最近の経験した他のアジア圏(シンガポール、台湾、香港、上海、北京)のテクノ・ハウスシーンは、規模も小さくアンダーグラウンドではあるけれど、徐々に活気を帯びてきていると思う。もちろん、マレーシアとインドネシアもね。

Ken Ishii DJアジアとは反対に、ヨーロッパでのテクノ・ハウスシーンは至って安定している。数年前までは、クラブ関係者の間での経済打撃が嘆かれていたけれど、以前に比べると大きく回復しているし、若い新しい世代も徐々に頭角を出してきていて音のバリエーションも豊富。

一つの事を長く続けていれば、良い時も悪い時もある。テクノにも、改善すること、新しいことや既存の更なる成長も可能だと信じているよ!

6AM: 最近、メディアの観点からですが、アジア全体でのフェス開催数の増加が著しいですが、そのことについてどう思われますか?また、それによる音楽産業、マーケットへの影響はあると思いますか?

Ken Ishii: 過去20年の間、日本では独自のダンスフェスティバルや大きなイベントが開催されていて、僕には急な成長とは映らないかな。すでにヨーロッパやアメリカ発の大規模なフェスティバルを自国へ持ち込み、それぞれで開催することはトレンドになりつつあるよね。規模が大きい分、メディアへの浸透も簡単で早いとは思うけど、残念ながらそれらは僕達の音楽のメディアへの後押しにはあまり期待が出来ないけどね 笑。でもそれをきっかけに、若い世代の 本当の音楽とは何かっていう足掛かりや、 リアルな音への発見の入り口になってくれたら、それは嬉しいことかな。

Ken Ishii B2B

6AM:  パイオニアジャパンの特集、On the Move w/Ken Ishiiiのドキュメンタリーを製作されましたが、特にVol.3(Hi-Tek w/Derrick May)とVol.8(WIRED w/Takkyu Ishino & Agoria)が、印象に残りました。

自身のDetoroitサウンドをベースにしたテクノミュージックに大きな影響を与えた、Derrick Mayはどれ位特別な存在であり、繋がりなのでしょうか?

Ken Ishii: 9歳の時に、YMOを聞いてからずっとエレクトロニックミュージックを好んで聴いていたんです。そして、徐々に世界中の様々なエレクトロニックミュージックを通して、いつしか自分でそのジャンルのミュージシャンになりたいと思うようになっていて。Derrick Mayは僕の音楽製作において最後に影響を与えてくれた存在です。

88年に彼の”It is what it is”や”Beyond the Dance”を聴き、92年に日本で初めてのギグを見に行った時、自分のデモテープのカセットを手渡したんです。数ヶ月後に彼からポストカードが届きました。そして、93年、R&S Recordsからプロデビューして、色々なイベントへ参加をさせてもらえるようになって。僕とDerrickはたくさんの思い出があり、今回のドキュメンタリーを製作する上で彼をゲストとして参加してもらうことは、最優先事項でした。

6AM: 先月、東京で開催されたWIRED CLASHでTakkyu Ishiiとの待望のデビューセットb2b を拝見しました。今回のアイディアはどのように浮かんだのでしょうか?また、イベント終了後、何か感じたことはありましたか?この先、さらなるb2bのギグがあると期待をしてもいいのでしょうか?

Ken Ishii:  僕達は90年代初めから友達で、ただ日本ではファン層の違いでなかなか接点がなくて、音楽/クラブ関係者は僕らの仲があまり良くないと思っていたみたいだね…笑。誰もb2bの事に 関して聞いてもこなかったしね。

今年の始めに、台湾で行われた屋外イベントに一緒に参加をしたんです。その時に初めて会場で一緒に盛り上がって、ホテルに戻ってからお酒を酌み交わし、結構長く語ち合えたことで絆のような繋がりが出来たんです。帰国後、一緒に何かしらプロジェクトをやってみようっていう運びになった、その中の一つがb2bだった。

ギグ当日、いつもはそんなことないんだけど、その日は二人ともとても緊張していて 笑。でも、いざ始まったら二人 はピッタリだし、会場もファンも大盛り上がりで、最高のギグだったよ。セットが終わり、何ともいえない高揚感というか…達成感にも似た気持ちに包まれて、とても大きなことをやり遂げた気分だった。だからまたす同じ様なギグの予定は当分していなくて。それ位、今回のプロジェクトは僕達にとって、とても特別なものになったんだ。

Ken Ishii and Takkyu Ishino

6AM: 数ヶ月まえにFlareというアーティスト名でリリースをしたLeaps。数年前からふたつのアーティスト名を使い分けられていますが、Flareで活動をするにあたり、音楽製作へのインスピレーションや、別のアーティスト名を使い分けることへの目的はありますか?

Ken Ishii: Flareでのプロジェクトはフリースタイル、実験的な音楽製作で楽しくやらせてもらってます。コンセプトはシンプルで「好きなことを好きなように」誰かも好きって言ってくれたら嬉しいですね!Flareで活動する時はファンとか、プレスとかそうゆうの気にしないで、自分で楽しくやらせてもらってます。

6AM: 人々に多大で、様々な影響を与える音楽ですが、テクノ・エレクトロニックミュージックはKenさんにとって何が特別な存在ですか?

Ken Ishii: 全て!もしも、テクノが存在しなかったとして、僕はきっと音楽製作もしていなければ、こうして世界を旅しながらDJとしての活動をしていなかった。きっと、今頃普通のサラリーマンやってると思いますよ 笑。